HP03-409

鎌倉・逗子、寺の裏山探訪
秋葉山・猿畠山・水道山

秋葉山
トレック日 2016年7月23日
山  名
標  高
標高差
秋葉山(あきばさん)40m圏(MyGPS=64.5m??)
標高差:45m
累積標高差:48m
北緯35度18分16秒, 東経139度33分18秒
場  所 神奈川県鎌倉市
メンバー 湘南らんぼう・単独
時  間
距  離
山行 23分
歩行距離:約
1.0km
移 動
P・WC
バイク(PCX125)
P:光明寺(無料?) WC:
光明寺Pにあり
地図・コース・記録写真↓
15:06 光明寺境内スタート
15:15 景勝展望台
15:18 鳥居
15:20 秋葉山
15:29 光明寺境内ゴール


15:06 光明寺境内スタート
光明寺総門を入ると広い駐車場になっていて、WCあり。
山門をくぐり、本堂に突き当り、右に行くと

延命地蔵尊があるので、手を合わせてから、本堂の裏に続く路地を進む。道標は「景勝展望台・天照山」とあるが、秋葉山の名前は見当たらない。

15:15 景勝展望台
光明寺裏から階段を登り、南に進むと展望デッキがある。ここが神奈川景勝50選の「光明寺裏山の展望」だった。

以前、この場所を捜し歩いたが、解らなかった。やっと来ることができたが、あいにくの天気で富士山は見えない。

展望デッキから北に引き返し、民家が終わると鳥居があり秋葉山の入口になる。

参道はコンクリートの階段で歩きやすい。脇に石仏が多数並んでいた。
15:20 秋葉山山頂
 山頂はφ30m程度でフラットになっている。「秋葉山」の標識標柱類は見当たらない。西に秋葉大権現がポツンと建っているのみ。

 
※天照山山中にあり、神明社は、天照・春日・八幡の三神を祀っていま す。秋葉大権現は、火災盗難を防ぐ権現で光明寺域内鎮護の社です。伝えによれば、当山三十三世深譽伝察上人が身を天狗に現じて当山を守護したと、伝えられています。毎年、5月第3日曜日には、秋葉山大祭が行われいます。

秋葉大権現※

光明寺総門の駐車場から秋葉山を眺める
猿畠山
トレック日 2016年7月23日
山  名
標  高
標高差
猿畠山(えんばくさん)60〜70m圏(MyGPS=76)
標高差:62m
累積標高差:71m
北緯35度18分29秒, 東経139度34分00秒
場  所 神奈川県逗子市
メンバー 湘南らんぼう・単独
時  間
距  離
山行 :17分
歩行距離:約0.8km
移 動
P・WC
バイク(PCX125)
P:なし WC:法性寺境内にあり
地図・コース・記録写真↓
15:49 猿畠山(法性寺)山門スタート
15:52 法性寺
15:56 長栄山長興山両山奥之院
15:58 猿畠山
16:06 猿畠山(法性寺)山門ゴール

******************
猿畠山法性寺の歴史
 建長5年(1253年)、
日蓮は安房国清澄寺より鎌倉入りし、松葉ヶ谷に草庵を構え布教活動を行っていたが、文応元年(1260年)、『立正安国論』を鎌倉幕府五代執権北条時頼へ献じたことをきっかけに、浄土教信者らにより夜間、草庵を襲撃・焼き討ちされた(松葉ヶ谷法難)。
 この時、暴徒到着に先立ち、日蓮の前に白猿が現れ、その導きにより山中の岩窟に隠れて難を逃れたとされる。日蓮はこれを山王権現の加護であるとし、弟子たちに報恩を託した。

15:49 猿畠山(法性寺)山門スタート
 「猿畠山」の山号が書かれた扁額左右には、日蓮を導いたとされる白猿があしらわれている。

小猿を抱いた猿。子育て猿地蔵だという。

15:56 長栄山長興山両山奥之院

御避難の法窟 祖師堂向かって左側の岩山に、祖師堂に面して開いた石窟(やぐら)があり、これが、松葉ヶ谷法難の際に日蓮が避難した場所であると伝えられている。

法窟手前に鳥居と参道石段がある。この上に岩山に、山王権現祠がある。

15:58 猿畠山、山頂 (※山王権現)
石段を登って岩峰の頂上に立つ。φ5、6m程度。展望は良い。

五重塔

山頂の西から北に「大切岸」が続いている。がけには横穴墓、下には現代の墓地と畑が見える。見て楽しい景観ではない。
 ※山王権現
頂上に小祠と、左右に題目石碑、五重塔が置かれている。比叡山麓の日吉大社を本社とし、山王信仰に基づき日本全国に祀られた末社のひとつ。伝承によれば法性寺建立前よりこの地に山王社が祀られており、日蓮も名越路を通り鎌倉に入る際には必ずその社を拝んだとされる。古来、山王神の神使は猿とされている。この岩山はもともと尾根筋と連続していたものが、間が人工的に掘り下げられた結果、取り残されたものと考えられる。岩山の尾根側の崖面下にもやぐらが掘られている。


※大切岸(おおきりぎし)
鎌倉が鎌倉城といわれる由縁の大切岸は、総延長は800メートルとも1キロともいわれ、三浦氏の進入を防ぐ目的で築かれたものであると伝えられてきていますが、防衛遺構なのか海蝕による崖岩が隆起したものなのか解明されていない。
水道山(浅間山)
トレック日 2016年7月23日、25日
山  名
標  高
標高差
水道山(浅間山) 100m圏(MyGPS=107)
パノラマ台 100m圏(MyGPS=102)
水道山展望広場
 100m圏
標高差:33m、累積標高差:29+60=89m

北緯35度18分38秒, 東経139度34分08秒)
場  所 神奈川県鎌倉市、逗子市
メンバー 湘南らんぼう・単独
時  間
距  離
山行 :12+27=39分
歩行距離:約0.6+1.0=1.6km
移 動
P・WC
バイク(PCX125)
P:なし WC:ふれあいの森入口付近にあり
地図・コース・記録写真↓
《7/23、ルート》
16:18 鎌倉市子供自然ふれあいの森入口スタート
16:23 水道山展望広場
16:30 鎌倉市子供自然ふれあいの森入口ゴール
《7/25、ルート》
15:19 鎌倉市子供自然ふれあいの森入口スタート
15:26 パノラマ台
15:34 水道山
15:46 鎌倉市子供自然ふれあいの森入口ゴール

16:18 鎌倉市子供自然ふれあいの森入口スタート
入口の手前にWCあり

16:23 水道山展望広場
標識等は見当たらないが、一般的にはここが水道山山頂らしい。広々として山頂感はない。

水道施設はフェンスで囲まれている。南方向に小高い丘が見えるので、次回はルートを変えて探索してみよう。

広場からの展望は雲が多くNG

7/25、再訪
15:19 鎌倉市子供自然ふれあいの森入口スタート

7/23の水道山は最高地点ではなかったので、今回はパノラマ台と水道山ピークを目指す。
舗装道路から山道に入るとキツネが置かれていた。いわれは解らない。

パノラマ台への階段は笹が茂りクモの巣がうっとおしい

15:26 パノラマ台

展望広場より良い感じだが、今日も天気がNG。
パノラマ台から戻り、分岐から名越切通方向に向かう。

直進すると名越切通・大切岸だが、水道山ピークに向かって左の枝道に入る。マムシ注意の看板があり、早足で登る。
15:34 水道山(浅間山)
薄っすらと踏跡が見えるが、山頂一体は雑草に覆われている。何か山頂の手がかりは無いかと雑草を掻き分けるが、見当たらない。マムシが怖いので、早々に撤退した。

本当の水道山に到達したが、展望広場、パノラマ台と標高差はほとんど無く、展望には恵まれないので、このような放置状態なんだろう。
↓それから↓
《極楽寺の陣鐘山》
 新田義貞の鎌倉攻めに関連した山名なので、行って見たが、到達できなかった。陣鐘山東側の極楽寺住宅地や学校周辺からのルートを探したが、NG。一旦海岸に出て大きく迂回し、稲村ガ崎から登って見たがルートを見つけられずNG。途中、鎌倉市二級基準点53310を見つけたが、陣鐘山とは関係ない。

 後日、陣鐘山について調べると、「江ノ電極楽寺駅から徒歩約10分。駅を降りたら右へ。少し行くと針磨橋がある。そこを左に曲がる。 道なりに進んで途中を左に入って突き当りの正面にある。」とあった。よく解らないが、陣鐘山の南側からだろうか?

 ※ 1930年、新宿中村屋は、陣鐘山に黒光庵、妙俊庵(保養所)を普請した。その黒光庵の左手登り口に石碑があり、次のように書かれている。「ここは陣鐘山遺跡である。元弘3年5月、新田義貞公は関東の兵12万を率いて北条高時を攻め、21日夜半極楽寺に進軍し、姥ヶ懐に陣し、 佛暁鐘をこの山嶺に懸けて敵勢を牽制し、さらに稲村ヶ崎より回って鎌倉に乱入しこれを滅ぼす。・・・・」
 黒光庵は、2009年取り壊された。その際石碑は現在の場所に移された。
↓後 記↓
 寺の裏山第一弾として、登ってみたが、達成感がないというか、山では無く寺社の領域そのものだった。と言うことで第二弾はしばらく無いだろう。鎌倉・逗子の裏山散策は、鎌倉時代の歴史や仏教に興味がある人の方が楽しめるだろう。
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