HP03-379

津久井湖城山公園・花の苑池の桜&
津久井城山花の苑地から往復

トレック日 2016年3月31日(木)曇り
標  高
標高差
津久井城山 375m
標高差:232m
累積標高差:308m
場  所 神奈川県相模原市 yahoo地図
メンバー せんぼく隊2名
前回データ HP03-082 2007年6月23日
時  間
距  離
全行程:8時間
山行 :2時間45分(花45分+山2時間)
歩行距離:約6km
移 動
P・WC
車(ノア)
P: 駐車場 8:00〜19:00 (無料)※19:00に閉門
水の苑地:62台 花の苑地:94台 根小屋地区:37台
WC:P、小網諏訪神社の分岐にあり
地図・コース↓
《全行程》
14:00自宅発〜圏央道経由〜14:56花の苑地・花見15:41〜15:42城山トレッキング17:52〜17:55花の苑地P発〜夕食〜20:00?帰宅

《トレックコース》
15:42 花の苑地Pスタート〜鎖場〜分岐B1
16:25 鷹射場〜分岐B1
16:33 宝ヶ池〜烽火台
16:37 飯縄神社〜分岐B2
16:48 城山、山頂
    下山〜分岐B2〜女坂経由〜分岐B3、B4
17:34 小網諏訪神社の分岐B5
17:52 花の苑地Pゴール

水色の軌跡は花見、赤の軌跡は
↓記録写真↓
津久井湖城山公園の桜
 さくらまつりは、4月2日、3日となっているが、すでに満開との情報を見て早速出かけた。平日にもかかわらず道路は渋滞し、駐車場はほぼ満車だった。これが土日の桜まつりとなったら大渋滞間違いなし。

 津久井湖観光センターでノラボウとヨモギ餅を買い、今回も花より団子。
 駐車場の桜も満開だが、道路向かいの桜がメインのようだ。老木?だが大きく高く広がっている。これで青空があれば最高なんだが・・・。

 あちこちに、城山ハイキングコースの看板がある。時間があれば登りたいと思っていたので、看板に誘われ、トレッキングの準備に車に戻った。
*******************これから津久井城山トレッキング*******************

15:42 花の苑地Pスタート
花見を終え、ヒザ当てと杖を持ってトレッキング開始。前回の城山は花の苑地とは反対側から登ったので、違うルートとなる。
公園の最上部に水平歩道があり、登山口がある。
道標「城山山頂1.4km」

登山口から100m位で山道になる。すれ違いは可能だが、二人並んでは歩けない。

花の苑地の桜は白い花が多いが、登山道脇に咲く桜を撮ったら、以外とピンク。

16:00 鎖場あらわる。と言っても鎖に頼るほどの傾斜ではなかったが、ハイキングコースとしては危険な所だ。

ネコノメソウのようだが、種別不明
他にはスミレ、ニリンソウなどが咲いている。

16:20 分岐B1、山頂は右だが、左の鷹射場が気になるので行ってみることにした。
城郭の名残である掘り切りを越え、二度目の鎖場を通過。

16:25 鷹射場
分岐B1からわずか5分で着いた。鷹射場はハッキリとしたピークで展望も良い。山名があっても良いと思うが・・・

鷹射場から東方向の展望が開けている。第二の城山山頂といっても良い場所だ。広場のコンクリート基礎は四阿(あづまや)の跡だろうか?

分岐B1へ引き返し、飯縄神社方向へ行く。

16:33 宝ヶ池を通過

烽火台で南側の山並みを眺めたが、掘削された山にガックリ

16:37 飯縄神社
神社の建っている所は約340mのピークになっている。社は鉄格子と屋根に覆われ、手厚く保護されていた。

分岐B2を直進し山頂に向かう
左:御屋敷・根元口・パークセンター
右:小網口
16:48 城山、山頂
テーブル&ベンチ、津久井城の説明板、WCがある。5時近くなので、山頂には誰もいない。


山頂には桜が2,3本あり満開だった。
 少し高い所に築井古城記碑があり、読みやすい説明板があった。
冒頭から気になる所がある。
@ 「築井」とは現在の津久井か?
A「宝ヶ峰」は城山の古い山名か?。山名だとしても、使用されることは少ない。
「宝ヶ峰介立、東丘、西丘」ということは双耳峰だが、鷹射場の記述はない。

 読みやすいといっても解読には根気がいるので写真を撮り、帰った。



下山は分岐B2へ戻り、女坂経由で小網口に向かった。
分岐B3から急降下、分岐B4は通過し階段を下る。

17:34 小網諏訪神社の分岐B5(WCあり)
ここから水平の舗装道路なので危険は無い。
17:52
花の苑地Pゴール
↓リンク・勉強コーナー↓
リンク:
相模原市観光協会・津久井湖桜まつり
 
神奈川の花の名所と公園

相模原市観光協会 津久井湖・城山コース
県立津久井湖城山公園 

《 津久井城の説明 》
城山ダムの西側で国道413号線に立ちはだかる海抜375mの独立峰
宝ヶ峰(城山)。 鎌倉時代に三浦氏の一族津久井氏によって築かれ、戦国時代には北条氏の家臣内藤景定の居城となった。 その子の影時の代、天正18(1590)年に豊臣秀吉の小田原攻めで落城した。 「呂」の字型の城郭、放射線状の空堀、江戸時代の「筑井古城記」の碑などが往時を偲ばせる。 山頂までは約40分で上れ、2時間程度のハイキングコースも整備されている。 かながわの景勝50選に選ばれている。 江川太郎左衛門が植林した江川桧でも知られる。
後記
 膝を痛めてから6ヶ月、ハイキングコースならば歩けるようになった。今のところ2時間程度なので問題ないが、これから徐々に時間を延ばし、5月からは登山道の予定で、リハビリだ。
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