HP03-362
二ノ塔・三ノ塔&
日本武尊の足跡を探訪
トレック日 2015年9月20日(日)曇り
標 高
標高差
ニノ塔(にのとう)   1,140 m
三ノ塔
(さんのとう) 1,205 m
標高差:431 m、累積標高差:約500 m
場  所 神奈川県秦野市 yahoo地図
メンバー せんぼく隊(senboku隊長・たかちゃん副隊長)
三角点
データ
データ確認20150925
写真2015/9/20
山名
コード
等級
点名
標高
状態
三ノ塔
TR35339112501
三等三角点
大平
1204.73m (旧1204.80m)
標高改算20140313
所在 神奈川県秦野市大字菩提樹字大平2317番地
時  間
距  離
全行程:8時間
山行 :3時間16分(歩2:42分+休:34分)
往路:1時間30分>コースタイム1:20分
復路:1時間12分>コースタイム55分
沿面距離:約4.7km
移 動
P・WC
車(ノア)
P:菩提峠20台位
WC:
ヤビツ峠、富士見山荘前に公衆トイレあり
地図・コース↓
《全行程》 78km
10:07茅ヶ崎発〜11:57菩提峠P着〜12:17三ノ塔トレッキング15:33〜15:49菩提峠P発〜18:11帰宅

《トレックコース》
12:17 菩提峠P
12:29 菩提林道×登山道、クロス地点
12:55 ベンチ
13:27 ニノ塔(休10分)
13:57 三ノ塔(休24分)
14:21 下山
14:35 ニノ塔
14:44 日本武尊足跡入口
14:51 日本武尊足跡
15:33 菩提峠P

↓記録写真↓
 シルバーウィーク・北アルプス山行の足慣らしに三ノ塔へ行った。
膝の調子を見るのが主目的だが、三ノ塔は積雪期に登って見逃した三角点を確認することと、以前から気になっていた「日本武尊足跡」を見ることを付け加えての山行となった。
※昭文社地図には日本武尊足跡の位置、入口、登山道の記載なし。
※東丹沢詳細図には入口のみ記載あり。

 ヤビツ峠は以前から自転車ヒルクライマーが多かったが、今日はヒルクライマーだらけ。午前中なのでほとんどの自転車が登りだが、何度か超特急で下って来る自転車とすれ違う。あの細いタイヤでコーナーを飛ばすのは命がけのように思える。

12:17 菩提峠Pスタート
菩提峠の広場は20台程度のスペースだが、今日は30台位停まっていた。かろうじて端っこに車を突っ込んだ後で、1台が出た。登山靴が残っていたので、クラクションを鳴らしたが気がつかず行ってしまった。そのスペースに車が入ったので、靴は前の人が忘れていった事を伝えてからトレッキング開始。

菩提林道※に入り、北に進む。(※菩提林道と思っていたが、東丹沢詳細図では水沢林道となっている)
紫に光るコガネムシ君、脚は緑でオシャレ

12:29 菩提林道×登山道、クロス地点
左折し、富士見山荘からの登山道に入る。

切り株に生えたコケ
北八ヶ岳のコケの森よりも新鮮?
花の時期は終ったが、若干の花が楽しませてくれる。アザミを観察したがよく解らなかった。

ホトトギス

アザミ?

フジアザミ

振り返ると大山
歩きにくい浮石の急登あり。子供を連れて登ったことを思い出す。あの時は近所の子供がバテてリタイアした。あれから35年は経つ。その子が山に登っているという話は聞こえてこない。

13:27 ニノ塔(休10分)
休んでいたら外人さんが下って来て、隣のベンチに腰掛けた。ひとり異国の地で心細いだろうと思い、声を掛けたい所だが、英語は苦手なのでもどかしい。と思っていたら、日本人の女の子が追いついいてきてペラペラ話している。なーんだ、カップルだったのか。
13:57 三ノ塔(休24分)
山頂広場は塔ノ岳のように階段状に整備されてきれいになっていた。ベンチも多い。避難小屋はベンチ、テーブルのみで、板の間なし。


今回は足慣らしで、全てに余裕があったためか、広場のゴミ拾いをしてみた。アメの袋などの小さいゴミが多い。

さて、三角点はどこだろうかと避難小屋をぐるりと回ったが見当たらない。GPSで確認しながら探すと、山頂道標から南へ20m付近にあった。山頂広場から一段低い所で、気がつきにくい。

 標石は埋設部分が露出し、歯槽膿漏の末期状態だった。このままでは倒れて盤石も露出してしまうのでは?


14:21 三ノ塔より下山

14:35 ニノ塔
復路は「菩提・葛葉ノ泉」方向に下る。

14:44 日本武尊足跡入口
下りながらずっと不安だった、もう引き返そうかと思ったころに入口と書いた標柱があった。尾根ルートから左(東)に下るが、一向にそれらしきモノが現れない。

14:51 日本武尊足跡
登り返す気力も失せた頃に、鳥居が現れ、上部に「奮跡の杜」と掲げてある。歴史マニアが作った?ような感じがする。

鳥居をくぐり、その奥に注連縄がかかった岩が見えた。行ってみたが、どこが足跡なのか?

この石の端がくぼんでいる。これが足跡だろうか?。

大岩にも注連縄が掛かっていたが、この岩の天端は未確認

さて、これからどうするか?、ニノ塔まで登り返すか、このまま下るか?菩提峠にも「日本武尊足跡」の標柱があるので、きっと道が繋がっていると思い、このまま下ることにした。トラロープの急坂が何度かあり、地図に無いルートらしさもあるが、踏跡ははっきりしていた。

15:33 菩提峠Pゴール
写真赤丸は菩提峠側の「日本武尊足跡」の標柱。
到着後数分してから、三ノ塔で我々より先に下った夫婦が林道から戻ってきた。と言うことは、日本武尊ルートの方が距離が短いと言うことだろう。
↓勉強コーナー↓
《 日本武尊の足跡 》Wikipediaより
山頂より南に約400m、大平ノ秣場の岩に付いている足形の窪みは、伝説によれば、日本武尊が東征の折に水を求めて岩を踏み締めた跡である。以来、水が湧き続けて絶ゆること無しという伝説であるが現在は渇れている。なお、日本武尊の足跡については異聞もあり、秦野市役所のウェブページには山中の小池であるかの如き記述がある。

《 日本武尊の足跡 》秦野市役所のウェブページ
草なぎの難を逃れた日本武尊は「えぞ」征伐に東へ東へと進んで行きました。いよいよ目指す相模の国の阿夫利山(大山)に兵を進められたのです。しかし、もう少しのところで、兵士達は、いきも絶え絶えに疲れ果ててしまったのです。それもそのはず、この辺りには一滴の水もありません。のどはひりひりと焼きつき、水欲しさに気も狂わんばかりです。
その姿を見た日本武尊は、「水無きを憂う。」と、申され、そばにあった大きな石を力強く踏みつけられました。すると、どうでしょう。大きな石の下からこんこんと清水が湧き出したのです。それを見た兵士達は、大喜びでのどを潤し、元気を取り戻したのです。
そして、この水はどんなに日照りが続いても水が枯れたことがなく、村人達の飲み水として使われてきました。村人達は、水のお礼と日本武尊の恩を忘れないため、石碑を建てて徳を伝えてきたそうです。ところが、明応7年(1498)に大地震が襲い、こんなに村人達につくしていた清水も地震には勝てなかったのでしょう。一瞬にして埋まってしまったのだそうです。不思議にも片足の足跡だけは、地表に残されたのです。大きくあいた足跡は、今でも菩提の山の中に残っていて、いつもいつも、水が溜っているそうです。
後記
 置き去りにされた登山靴は消えていた。取りに戻ったか?取られたか?真相は不明。
主目的の足慣らしは問題なく終わったので、次の日、北アルプス・薬師岳を目指して出発。
車の走行:78km
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