HP03-327
満開のミツマタと富士山
ミツバ岳・大出山
トレック日 2014年4月8日(火)快晴
標 高
標高差
ミツバ岳・大出山 (おおだやま)834 m
標高差:480 m、累積標高差:550 m
 神奈川百名山・湘南らんぼう選
場  所 神奈川県足柄上郡山北町
メンバー せんぼく隊2名
三角点
データ
データ確認20120429
写真20140408
山名
コード
点名
等級
緯度
経度
標高
状態
ミツバ岳・大出山
TR35339100101 
世附村10
三等三角点 
35°25′14.7478
139°00′49.9465
834.48 834.18m
正常 19980202 
※2014年標高改算
時  間
距  離
全行程:10時間
山行 :3時間6分
(歩:2時間20分+休:46分)
往路 1時間22分(コースタイム1:30)
復路 58分(コースタイム1:00)
沿面距離:約4.7km
移 動
P・WC
車:ノア P位置(googlmap)
P:寺ノ沢P、8台程度、無料
WC:
なし
地図・コース↓
《全行程》
6:40茅ヶ崎発〜厚木すき家〜東名厚木IC〜大井松田IC〜9:00丹沢湖・寺ノ沢P着〜9:12ミツバ岳・大出山12:18〜12:44寺ノ沢P発〜道の駅山北〜13:43寄バス停前P〜13:49寄しだれ桜まつり14:44〜秦野じばさんず〜16:56帰宅
《トレックコース》
09:12 寺ノ沢Pよりスタート
09:17 滝壷橋「ミツバ岳入口」
10:16 植林境
10:34 ミツバ岳・大出山、山頂
(休46分)
11:20 下山
12:13 滝壷橋
12:18 寺ノ沢Pゴール
↓記録写真↓
 天皇陛下傘寿のお祝いで、皇居乾通りの桜が今日まで一般開放されている。行ってみたいが、ひとごみが苦手なせんぼく隊なので、皇居とは反対方向の山北町のミツバ岳でミツマタを見ることにした。
 前回のミツバ岳は2008年12月(HP03-151)で、花なし、登山者なしで静か過ぎる山行だった。しかし、ミツマタの時期だけは、登山者で大賑わいらしい。一見の価値があるか否か、行ってみよう。

  権現山、ミツバ岳を周回すると5時間、ミツバ岳だけなら2時間。
現地の駐車場の具合と体調で決めようと言っていたが、副隊長が久々の山行なので、現地に着く前に2時間コースに決定した。

門沢橋より
 Pには先客4台。富士山ナンバーの車がヘッドライトを消し忘れていたので教えてあげた。車の主もやはりミツバ岳とのこと。

9:12 寺ノ沢Pよりスタート
ここまでの道中、桜は満開を過ぎていたが、ここ丹沢湖は気温が低いためか、満開となっている。駐車場にも見事な桜があったが、気持ちが山に向かっているので、愛でるまもなく出発。

9:17 滝壷橋「ミツバ岳入口」
Pから5分で登山口に着く。道標が新しくなっている。と言っても経年劣化で文字のテープが剥がれてきていた。観光協会がこのコースに力を入れて、新道標を設置したようだ。しかし、本当の山名である大出山(おおだやま)の文字が見当たらないのは何故だろう?
 ミツバ岳入口から20分位、植林の中を登るとポツリポツリとミツマタが現れる。群生はしていない。

 花の筒状部分に白毛が密生している。猫の足や猫柳のようで面白い。黄色になっている花が満開だろうか?
里でもミツマタを何度か見たが、今日ほどジックリ観察したことはなかった。

 
休憩らしい休憩もなく、ただただゆっくり登った。花粉症のため二人ともマスク着用なので、息が苦しくて急ぐことが出来ないのだ。それでも、マスクが息で濡れ呼吸が苦しくなる。杉林の中で杉の葉を踏み、その花粉に苦しめられている。いつかこの関係を終わらせたいものだ。
10:16 植林境
 ミツバ岳入口から1時間位で、杉や檜の植林から抜ける。
明るい美林となり、気持まで明るくなる。

 林業用作業道のような九十九折の登山道が歩きやすい。以前はこんなに緩くなかった気がする。観光協会が手を入れたのだろうか?前回は踏み跡が薄く、ルートを見失わないように注意して登ったが、今回はまったく迷う心配がない程、しっかりした登山道になっていた。
10:34 ミツバ岳・大出山
往路 1時間22分
(コースタイム1:25+5=1:30)

三角点と標識のある山頂は、概ねフラットで30m四方位と広いが、ミツマタだらけでなので実際のスペースは標識周囲で10m四方位だ。だが、ここで休憩する登山者はいない。何故なら、鹿フェンスの切れ間から西に行くと富士山の展望地がある。こちらは5m×20m程度、日当たり良好。

一番上の標識が滝壷橋「ミツバ岳入口」と同じスタイルなので、観光協会。
ほかは愛好家の手製のようだ。

ここが山頂西側の一等地で、 先客はPで会った富士山ナンバーの男女1組だけだった。金時山に行ってきてからのミツバ岳とのこと。還暦は過ぎていると思われるが、タフな人達だ。

三角点全景

三等三角点:世附村10
先客が下山し、富士山の展望とミツマタがせんぼく隊だけのものになった。
 ミツマタの木が多いのは知っていたが、満開のミツマタは圧巻だった。幸せの黄色。ほのかな香りにうっとりする。副隊長は化粧品売り場の香りと言うが、行く機会がないので解らない。とにかく、数本のミツマタでは得られない幸せを感じた。
11:20 下山
平日なので、もう誰もこないと思っていたが男性二人組、女性三人組と続々とやってきた。いつまで居ても飽きることが無い山頂だが、昼には少し早いので下山することにした。

「良い山は直ぐにでも引き返したくなる」と田部井淳子が言っていたらしい。里山であっても同じことで、ミツマタ咲くミツバ岳もそんな山だった。

下山まもなく、団体さんが登ってきた。登り優先とは言っても、20人をやり過ごすのは忍耐がいる。引率者によっては途中で切ってくれるのだが・・・そんな気遣いは無かった。

12:13 滝壷橋

12:18 寺ノ沢Pゴール
復路 58分(コースタイム55+5=1:00)

山頂から東方向に丹沢湖
↓それから↓ 「寄しだれ桜まつり」  (※寄=やどりき)
トレック日 2014年4月8日(火)快晴
寄しだれ桜まつり Pと土佐原の地図 

《コース》
13:43 みやま運動広場P
13:49 Pスタート
14:11 テント売店
14:20 土佐原のしだれ桜 14:30
14:39 寄ロウバイ園の芝桜
14:44 みやま運動広場P
場  所 神奈川県足柄上郡松田町寄 
メンバー せんぼく隊(senboku隊長・たかちゃん副隊長)
時  間
距  離
時間 :約1時間(徒歩時間は往復30分程度)
沿面距離:約2.2km 累積標高差約130m
移 動
P・WC
車:ノア
P:みやま運動広場P、無料、4〜50台?
WC:
P、ロウバイ園、土佐原(仮設)
 寺ノ沢Pに戻り、昼食にした。まだ時間がたっぷりあるので、次ぎは桜見物。
山北駅の桜まつりと伊勢原の聖峯へ行くことにした。
ところが、山北駅に行くと、桜まつりは4/6で終わり、桜も残り5分だったのでパスした。
R246を伊勢原に向かうと、寄入口に「寄しだれ桜まつり」立て看板を発見。文字に惹かれて、予定変更。
ひょっとして「寄ロウバイまつり」と同じ所かも?結果、予想的中で、寄自然休養村管理センター&バス終点前にある、みやま運動広場Pが今回も会場Pとなっていた。ロウバイまつり(HP03-291)の時はグランドまで車で埋まっていたが、今回、グランドまでは使っていなかった。

みやま運動広場P

ロウバイ園の先にはテント売店がある。峠の茶店と言った感じ。
オモテナシで茶をいただいたので、お返しにオヤキを買って食べた。中身はナント!キュウリだ。食感はクキワカメの佃煮のようで、おいしかった。目からウロコと言いたいが、花粉のため目から涙が溢れている。

知らないので、目指した訳ではないが、一目で目的地と解る、みごとな桜が現れた。

土佐原のしだれ桜

後で知ったことだが、
まつりの見所は、松田町最古の桜といわれる「土佐原のしだれ桜」樹高12m・枝幅14m・幹回り2.5m樹齢230年のしだれ桜です。
とのこと。
桜は民家の庭にあり、地元の人たちがオモテナシをしてくれる。食べ物は有料だが、アットホーム度120%だ。桜の前ではオバアチャンたちが自分の庭のごとく、くつろいでいた。
味噌おでんがおいしかった。

長興山紹太寺のしだれ桜.は、樹齢約340 年。あの桜は人と会話ができるが、ここの桜もあと100年もすれば話せるようになるかもしれない。長生きしてほしいものだ。

副隊長渾身のショット
復路にロウバイ園の芝桜を見た。以前より増えてはいるが、まだまだだネ。などと勝手な意見を言うが、副隊長は誉めていたので、来年はもっとキレイに咲くことだろう。

「寄しだれ桜まつり」
開催期間3/24(日)〜4/7(日)まで
寄地区には中津川沿いの桜並木の他、「萱沼」・「中山」・「宇津茂」・「土佐原」に大きなしだれ桜があり、見事な花を咲かせます。また見頃となる頃に土佐原地域周辺では、土佐原のしだれ桜をメインとした「寄しだれ桜まつり」が開催されます。

詳細は→松田町パンフレットPDF
↓勉強コーナー↓
《ミツマタ》(三椏、学名:Edgeworthia chrysantha)
ジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木。中国中南部、ヒマラヤ地方原産。皮は和紙の原料として用いられる。
ミツマタは、その枝が必ず三叉、すなわち三つに分岐する特徴があるため、この名があり、三枝、三又とも書く。中国語では「結香」(ジエシアン)と称している。
明治になって、政府はガンピを使い紙幣を作ることを試みたが、ガンピの栽培が困難であるため、栽培が容易なミツマタを原料として研究し、明治12年(1879年)、大蔵省印刷局(現・国立印刷局)抄紙部で苛性ソーダ煮熟法を活用することで、日本の紙幣に使用されるようになっている。それ以来今日まで、ミツマタを原料とした日本の紙幣は、その優秀性を世界に誇っている。
後記
ミツマタには失礼だが、これほどのものとは思っていなかった。他の山域で何度か、里でも数回、ミツマタで有名な寺、と見たことはあるが、感動する程では無かった。ところが、この群生美、このすばらしさ、檜洞丸のシロヤシオ+トウゴクミツバツツジと甲乙付けがたい。
走行約150km

※2021/8/17更新、文字サイズを大きくし、神奈川百名山ロゴ追加
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